額縁と繪畫[下]
大下藤次郎
『みづゑ』第七十二 P.9-11
明治44年2月3日
△マットといふのは臺紙のことで、普通は五厘若くは一分位ひの厚さの臺紙の中央を斜めに切★き、裏から繪を貼つて奥深く見せるやうになつてゐる。
△マットの色は金銀白を普通とし、各種の鼠、オリーヴ、焦茶、白茶、クリーム、淺黄、黒、雲形摸様、ボカシ等種々ある。
また平面のみでなく、粗密の布目、格子、縞などの型をつけたものもある。
△マットの色は繪畫によつて定むべきものであつて、若し其色の調和を誤る時は、繪の感じがマルで變つて殆と見られぬものになりてしまふし、若し適當の調和を得るならば、裸で置た時よりも一段も二段も其繪を引立たせて見せるものであるから、此點は大に研究すべきものである。
△繪はさまざまてあるがマットは普通白若くは金なら殆とどの様な繪畫にも調和する。白つぽい繪で白のマットで明る過る時は金にする。黄や赤を多く含むで金との調和が重く見える時は白にする。此白と金は極めて無事によい結果を現はすもので、よしその繪を引立てない迄も决して其繪を醜くゝする恐れはない。
△クリーム色、淡い鼠、焦茶なども繪によつては大に引立たせて見せることがあるが、なるべく間色は使用せぬ方が安全である、これ等の色臺紙を使用する場合でも、繪に接する斜めの切口は、なるべく幅を廣くし且白く残して置たい。
△オリーヴの如き、凡て青味がゝり綠を帯びた色は變色し易いから是又使用せぬ方がよい。
△マットに華々しい青や赤の色は決して使用されない、それは繪と調和しないからである。また雲形や半ボカシの如きも避けた方がよい。最も布目などは極目立たぬもので、時としては上品な感を與へることがあるから使つても差支はあるまい。
△色マットを使用する時は、暖かい感じの色がよい、寒い青味を含むだものや濃い鼠は其繪迄も寒く見せる。
△金色は額縁の時述べた通り種々な色がある、普通あまりクスまない方がよからう。
△マットは紙の代りに薄い板を用ふる時もあるが、あまりマットの厚いのに醜いから、板は不得止時にのみ限りたい。
△マットの幅は。ワットマン八ッ切位ひの繪なら二寸五分から三寸、四ッ切位ひなら三寸から三寸五分位ひが適當で、それより狭くては見榮がしないし、廣過ては間が抜けて見える。
△マットを用ふる繪はワットマン二ッ切位迄でそれ以上の繪は額縁へ直かの方がよい、又ワットマン全紙などといふとマットを繼がなければならないから醜いものになる。
△マット入りの額は、マットと繪との調和は勿論ではあるが、マットと外の縁との調和も考へねばならぬ。通例はマットが金なら縁も金、マットが白なら縁も白で、マットと縁との問の歯は細い金を用ふることになつてゐる。
△マット付の縁は細いのが普通で、幅五分から一寸迄位ひのが多く用ひられるが、時としてはマットの幅の半分位ひもある太いものでも調和する。
△縁の材料は、金の箔置又は金粉塗の舶來の棒を用ひるもよく、前に注文して型を作らせるのもよい。マットといふものゝ爲めに、繪と直接の關係が無くなるから、細かい細工の施されたものも悪くはない。
△木地の縁では、神代杉が多く用ひられる、これは日本室によく適するからである。神代杉を縁にした場合には、齒は金よりも銀の方が面白い場合がある、又マットも金よりも白の方がよく、焦茶や薄鼠もよく調和するものである。
△裏板はよく乾燥したものを用ひぬといけぬ。裏板が生乾きであつたため、繪に濕氣が來て皺が出來、どうしても直らず困つた人があつた。またよく乾いた裏板は、あまりキッチリと枠にカタク入れてはいけぬ、少しユル目にして置く方がよい、あまりカタイと梅雨中など木が殖へて枠を弾くことがある。
△裏板を置いたら、釘でよく留めて、縁と裏板の境には紙で目貼をして置く方がよい。
△額縁と繪の調和、それは實に繪の死活問題であるから、素人が自分で極めるよりも、其畫を描いた畫家に任すか相談するのが一番よい。畫家と知り合でなくば、経験ある額縁屋に一任した方がよい。
△東京に澤山の額縁屋があるが、そのやうな事を任して安心なのは、芝新櫻田町の磯ヶ谷か、新橋竹川町の八咫屋の二軒である。