寄書 初冬のスケッチ
大隅直造
『みづゑ』第七十二
明治44年2月3日
時は昨年十二月上旬の事である。初冬の一月を樂しき且つ拙 きに送らんと、大阪の東約四里強なる某村に赴むいた、そこには同好にて、又私の最も親しき友が假寓して居るのである。宅を出でしは、未だ拂曉に近く、初冬とは云へ、寒さは身を切る思ひ、加ふるに、冷たき風は吹きしきりて歯の根も合はぬ程なるを、辛じて勇氣を起し足を運ぶ友の家に着きし時は、早や日は東天に高く、落葉たく煙の薄らぎたる頃なりき。少憇の後、再びスケッチ箱を肩に、友と近間を流るゝ少さき野川を寫すべく出かけた。空は、今は高くコバルト色に變りて、遠景はさゝやかなる松の繁みにて、中景には朽かゝれる土橋と芦、其他名も知れぬ雜草の枯れたるが、静かにゆらげる水の面に影をひたせるあり、前景には破れたる捨小舟の、草叢に横はれるがありて、初冬の氣は一寸の地にも満ち満ちて居るのである。私は友と三脚を並べ、共に筆を運ばした。然し拙き私には此位置は誠に不適當なのであるが、いつもの負嫌ひを出し苦しき事も強き自信?にて、之れに打ち勝ち、漸く着彩乏なりて一息なし、友を眺むれば、彼は希望に輝やける眼を以て自然に對しつゝ。彼我の身邊には、小つの問にか多くの田吾作や、はなたれ小僧や、村娘など集まりて、何をがさゝやいて居る。着彩の漸く終るに間もなき頃、暮るゝに早き冬の日ば西山に隠れ、名残の夕焼は、遠き森、近き小川を赤く染めなして、歸鴉は、をちこちを飛びて夕を告ぐるが如くに啼渡る。私等にこゝに筆を洗ひ後日を約して、彼の友と、この好き自然とに別れを告げたのである。さらば親しき自然よ、幸に永久に健在なれぞして吾等同好に多くの教訓を與へよ。いざさらば。