寄書 雜魚網
熱海の住人
『みづゑ』第七十三
明治44年3月3日
●静岡では僅五日間の講習であつたがなかなか得る處は多かつた●靜岡驛ヘ下車した時ブラツトホームで男女二人連の畫家見を受けた時には驚いた●アンナ上手相な人が來るのかなあ●赤城先生と竹内サンであつた事は後に知つた●赤城先生は非常に親切に導て下すつた●發會式では見る人見る人皆上手相●初に點呼をした川島君は忘れられない●淺間社内ゐ寫生で初めて先生に見てもらつた時には額から水が垂れた●僕も額の皮は薄いと見える●ナニ顔の皮はなかなか厚いさ●此の時の繪は批評會には失敬した●ナニお初の作だから●第一回の茶話會はあまり振はなかつた●名乗の一番は廣島の先生●餘興の一番も此の人●女學校の經歴談を聞かなつたのは終世の恨事●北村君は支那でコヒを食ふコヒを食ふたさうな●餘興の出來ない人はとても見込がない畫家にはなれないと先生が云はれた●天龍川君の落る話と落ちない話は振つたもの●三保行きの車中でも一度頼んだが駄目●三保行きの事を云へば風を思ひ出す●寒かつた子ー●寒くないと云ふたのは正男君ばかり●流石は未來の大家だ●三保ヘ行く朝雨に降られて皆悲觀した●此の日淺間で雨に濡れて七八時間も寫生を續けたには驚いた●道樂にも種々あるもの●西郷サン(富田サンの事さ)とお花坊の對話がなかなか面白い●オコウコ二切ジャア、ヒドイぜ皆がやせてしまうぜ、此處の道理を聞き分けてナ、明日のお辨當はむすびを大きうしてな等は其の主なるもの●一番聲の大きいのは高橋先生●高いのは大阪の先生●文學との比較研究はなかなか凝たもの●批詳會で第一番に御批評を頂戴した人は氣の毒の樣だつた●前へ出ないので先生に引張られた人は例の高橋先生●僕は丈が低いからとは大下先生もなかなか譲遜家●富田君の講談はよかつた●此れは印象の深い談ですなあ、一生涯を通じて忘れることの出來ない談ですなあとは榎谷君の賛辭●山岳の名を經文にして記憶するのは良法●白鳥サンの琉域の歌は感じがよかつた●正男君の座敷大相撲は好評●僕も歸宅後早速眞似た●宿の待遇可成●女中もよく世話をしてくれた●食事の點呼は念の入たもの●お花坊は可愛らしい娘だつた(完)