寄書 寒朝

華洋
『みづゑ』第七十三
明治44年3月3日

 雲だ!!といふ聲に反ね起きて畫板引きつかむが早いか飛び出すまでは頓と夢中だつた。雪にはとかねて見て置た所ヘ三脚を下す。大根畑に古びた杉を近景にして百姓家の二三常盤木交りの森といふ具合に輪廓が浮ぶ。飴色の空が溶けさうだ。藁家からたち上る朝餉の烟と後の森との調和が馬鹿に好いので一生懸命になつてやつつけた。すると此れまでになく筆がゲシして繪具の延びが悪いのでよく見ると吃驚しちゃつた凍りかけてるんだ。ハハアーナール程筆の凍ると言ふのも偽ぢゃアないなと初あて合點!!?家をとび出す時餘り周章てた爲か足袋も履かずにゐる。足の指が千裂れるゃうだ。
 手は紫色になつて稍もすると筆が辷り落ちさうになる懐中ヘ入れても口ヘ當てゝも中々温りゃアせん。益筆が運動せん樣になるので氣が氣ぢゃない。外から見たら眞で狂人の樣だらう。
 漸の事で雪に隠れた大根畑を畫き終ヘて最後のタッチを入れて居ると、小學校ヘ通ふ女の子が呼吸を吹き吹き走つて行つた。

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