問に答ふ


『みづゑ』第七十三
明治44年3月3日

■一寫生の時は是非鉛筆輪廓をとるべきものにや、正確ならんには直ちに彩筆を下してはいかに二最初に下地の淡色を萬遍なく塗つて、漸次に仕上げてゆくのと、初めから自然の色を其儘つけてゆくのと何れが合理的なりや三感じさヘ出れば、冬でもヱメラルドグリーンを使用し、或はレモンヱローを使用しても差支なきゃ、それ共絶對に春の若草などに限りますか四繪は實景ょりも多少あるものゝ取捨を許すものにゃ、若し可能とすれば、七十二號の『興津海岸』中の最前方の何物かの影の如きは捨てゝもよろしきや(湯淺生)◎一一寸繪葉書位書くなら知らず、また俄かに出た雲の現象でもスケッチする時なら格別、苟も三脚を裾ヘて繪を畫く場合に、どんな大家でも輪廓は取る。ある印象を手早く寫さうと思ふ時程、輪廊はより正しく取る。輪廓をとるといふことは、何もその輪廓の中へ、繪具を嵌めてゆくために仕切りをつける手段ではない。着色の前に搆圖を見る上からも必要なれば、繪具の配置上相侵すべからざる部分の境界をも定めるためで、後に補修に困難なる水彩畫に於ては、特に輪廓は大切である。輪廓なしの寫生など、そのやうな生意氣なことはせぬ方がよい二場合による。寫すべきものゝ感じにょつて、どんな手段でも取つたがょい。詳しいことは最新水彩畫法の中に説明がある三繪具などゝいふものは、そんな窮屈なものではない。濁案内などに、空に何の色を用ひよと書いてあるのは、其色が適當だといみことで、他の色を使つてはいけぬといふ意味ではない。たゞ、繪具によつて其混合の仕方が惡いと、變色する恐れがあるから、其點は注意したらよい四程度にもよるが多少構圖上の知識が出來て來たら、取捨は差支ない但其取る場合も捨つる場合も其繪をして統一あらしめ、目的物の感じを出す上に有益であるとの條件がつかねばならぬ。『興津海岸の如き、前の方の影は、若し取去ると間が拔けて、構圖上甚だ面白からぬことになる。あれは自然の通りであつたが、若し自然になかつたなら、綱なり、石なり何か置かねはならぬ■邦文又は英文の油繪畫法についての著書を知りたし(北海のオートマン)◎邦文にては、神田駿河臺國民書院發行「繪書獨習書」可ならん。英文は日本橋通三丁目丸善書店に問合はされよ■一原色版と三色版とは同一なりゃ、また永年を經るも色に變化なきゃ、次に其用紙に厚薄あるは如何なる理由にや二石版畫を参考とし、また模寫して害を受くることなきゃ(靑眼生)◎一三原色を混刷して成れるもの、即ち原色版にして三色版とも云ふ。色は印刷インキの良否と、其印刷物の保存方如何による。良質のインキで刷つたもので、強い光線ゃ濕氣や煙の來ぬ處に、紙にでも包むで置たら、いつ迄も色は變るまい。用紙の厚薄は經濟問題で、版の方には何の關係もない二其繪にもよるが筆者がよくて印刷が精巧なら参考とするには足りる、模寫はなるべくせぬ方がよい■中學卒業程度若しくはそれ以上の英文美術史、及邦文美術史を知りたし(大坂滴涼生)◎英文では種々なる出版物があつて、丸善書店にも幾種が來てゐるが、暇の無いのと書物の高價なるとてまだ買つて見ないからお答が出來ぬ。丸善書店に問合はされよ。邦文では博文館から世界美術史と近世美術史が出てゐるが、分りにくい文章だ。本郷湯島畫報社から岩村先生の美術史の斷片が出てゐる。完成したら是が一當よからうと思ふ■一中村先生の御住所二神話にあるムニフとは何か三アイボリブラツクの用途(陸中の一生)◎一東京下谷中根岸三十一番地二ニムフの事ではないか?ニムフなら魔女だが、何れにしても水彩畫の技術に直接關係のない質問は御免を蒙る。そんな事を調べてゐる暇がない三あまり多くの用途は無い。繪具箱に無くて差支ないものだ。暗い雲曇つた空位ひで、色を薄めるか、他の繪具と混和して用ひることはあつても、其儘では殆と用途は無い■一三脚に一時間も腰をかけると腰が痛むのはいかなる譯にや二畫題が見つからぬは何故か三ニッケルの光りを畫く法四ステイフルの意義五藤村の『水彩畫家』の主人公は丸山晩霞氏なるか、その發行所(大阪綠氷生)◎一三脚の皮の部分を廣くせよ二畫題なンぞと言はず足下の石ても突當りの木の根でも畫くつもりなら困る程ある三光りは色ではない、繪具を塗つても出ない。他の色の調和で光つて見えるので、黑繪を糟古しないとこんな時に困る四どんな場合に使用しであつたか五こんな愚問は止めたまヘ。發行所は日本橋通四丁目春陽堂なり■油繪用カンヴァスの白地は何にて出來るものにや(北海道オイルペィンター)◎麻の薄いものまた粗末なら帆木綿にても脚しそれを貼つて「アラビヤゴム」又は「ニカワ」にて下地を作り其上に胡粉を阿麻油にて溶きしものを塗る法もあり、詳しいことは分らぬ■絹地に薄墨にて描く時滲みて困るいかにせはよきや(尾道好畫生)◎絹地に「ドーサ」を引くのがよいドーサ引の方法は日本畫家にきゝ給へ、經師屋にやらせもよい■◎福島町花村氏の問は意味不明

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