寄書 日本水彩畫會大阪支部寫生行
大隅直造
『みづゑ』第七十四
明治44年4月3日
三月一日、日本水彩畫會大阪支部の第一回寫生行は、阪神電軌沿線佃附近に開かれた。當日は幸に好晴にして、寫生日和とても云ふべきか、天は吾等の擧を替したのであらう。午前七時半梅田に會員中の有志一同集合なし、同五十分電車に打乗りて出發す。間もなく、大和田に着し、こゝに下車なして徒歩佃に向ふ。途中には見るべき畫題も多くありて、足を止むる事も?々なりしも、總て午後に割愛なして、程なく目的地なる佃に達す、鐵橋を越えて小川のほとりにSK、KY、SSの諸君と僕とは三脚をすへた、、無言にて筆を運ばす事約二時間、一同寫生を終り、SK君の批評及注意等あり。それより、晝食を喫して大和田の森を寫生に行く。MO君は何處に行かれしか、數度呼べども答へもなし、かねて約束もあれば其儘に行きて、適當の場所に腰を下して森の輪廓の漸く終りし頃、さしもに晴れし空に、いつか雨雲に掩はれて、果ては雨さへ降り初め、一同の口より思はず残念の一聲は洩れた、然し幸にして後方土堤下に新築中の家ありしかば、直ちにその中に入りて、引績き寫生をなす。
時雨と思ひし雨は、漸やく降りつのりて今は致し方もなく、遂に中止となり森の圖の終ると共に0M君と歸り來られしかば、打揃ひて歸路に就く。斯くの如く第一囘は不成功に終りしも、近日第二囘擧行の議あり、當市附近の同好者諸君、來りて僕等と行を共にせずや。