紹介
『みづゑ』第七十四
明治44年4月3日
◎畿内見物
京都の巻、大和の巻(定價各金貮圓特價壹圓半)
麹町區平河町五丁目 金尾文淵堂發行
飾り箱、表紙、製本、内容、共に目のさむるやうな美しい書である。『京都の巻』の繪の筆者は淺井忠氏と中澤弘光氏とで、文章は高安月郊、與謝野晶子、蒲原有明、薄田泣菫、中澤弘光 の諸君が筆を執つてゐられる。挿繪は原色版十一枚、木版十七枚、コロタイプ三枚、寫眞版二十一枚といふ多數で、油繪もあるが水彩鉛筆が重で、洒落な面白いものばかりである。『大和の巻』は、繪の筆者は奈良通の中澤氏で、原色版十一、木版十三、 寫眞版二十三枚、文章は高安、與謝野、薄田、中澤の諸君が執筆されてゐる。何から何まで華美づくめの頗る倉のかゝつたもの。繪と文と合せて見たならば、京見物も大和廻りも一時に出來る。たゞに書架を飾るのみではない、好事家ならぬ一般の士女も、座右に置いて京洛の春を偲むだらよからう。吾人はこのやうな書の續々出版せられて、美術以外、自然風景の汎く世に紹介せらるゝことを喜ぶ。
◎普通植物圖譜 全五册 定價三十圓
京橋區築地一丁目 積文社發行
此書は村越三千男高橋悦三郎兩氏の共著にかゝり、本邦に於ける普通植物全部を着色石版にて現はし、一々説明を加へたるもの、園藝家ならざるもまた有用の書なるべし。製本堅牢にして美。
◎春泥集 晶子著
麹町區平河町五丁目 金尾交淵堂發行
晶子女史の歌壇に於ける地位はいまさらこゝこ言ふ迄もない。通巻六百餘首一つ一つ唱すべし。此書藤島武二氏の表装になり中澤弘光氏口繪を畫く、敏上田博士の序論また再讀に價する好交字なり(定價壹圓)
◎建築と装飾 第一巻第一號 六號組菊判二十頁の小雜誌にして、建築美術に關する世人の注意の漸く高まりつゝある今日、最も必要の雜誌といふべし。惜むらくは製版鮮明を欠き、内容またあまりに散漫なり、創業の際とて止むを得ざりしならん(一部十五銭赤坂丹後町十二、建築と装飾社發行)
◎邦助畫集 橋本邦助畫
本郷區湯島切通坂上 畫報社發行
菊版ラシヤ紙表装定價五十銭
邦助氏の漫畫百圖を集めたもの。氏の筆は硬いけれど何處か上品な處があつて一本の線にも基礎があるやうで頼母しい。輕跳浮華な處が無いから、漫畫を習はうといふ人にはよい參考であらうと思ふ。一度世間に出たものを集めたのではあるが、製本にもう少しの金をかけて欲しいと思つた。
◎十人寫生旅行 (瀬戸内海小豆島)
日本橋區馬喰町二丁目 興文社發行
昨年十一月太平洋畫會の幹部、中川、石井、廉子木、吉田、滿谷、高村、小杉、大下諸氏が、小豆島に二週間程寫生旅行を試みた、その時の製作スケッチ等八十五點を、三色版、石版、寫生版、ジンク版、木版、寫眞石版等あらゆる樣式の版形にて複製し、添ふるに七十頁の紀行通信をもつてせり。瀬戸内海に在つて周圍三十餘里の小豆島は、此册子によつて普ねく紹介せられたり。此書、版式の上のみならず、繪には水彩あり油繪あり毛筆あり、鉛筆叉にペン畫もありて、變化極めて多く、猶一行のほかに、中村不折氏も曾遊のスケッチによつて三四の挿圖を加へられたり。装釘淡雅(定價二圓特價一圓六十銭)
◎新譯繪本水滸傳 小杉未醒著
神田區小柳町十三 佐久良書房
菊判洋装六百頁、定價金貮圓送料十六銭
誰れも知らぬものゝない水滸傳、それには澤山譯文はあるが、徒らに原書の文字に拘泥するためか、作者の意を傳へたものは少ない。吾が未醒君は水滸傳中の人ではあるまいが、水滸傳中の人を好む人である、この人は、その繪筆が、よく簡潔に景物を捕捉し紙面に躍らすが如く、その文字かく筆も澁滞なく動きて、快よき迄情景を現はしてみる。挿入の繪畫は無論著者自身の筆、これは今更紹介する迄もあるまい、實に近來の一快著である。装釘また清楚。
◎文學界 第一巻第一號 菊判九十餘頁の雜誌にして文學といへど、歴史地理敎育倫理等、重に硬文學に關する事項を集めたり。由來詩歌小説等軟文學の雜誌のあまりに多きに苦しむの際本誌の如きはたしかに時勢の反動より起りしものなるべし。(一部十五銭、神田區裏神保町、光風館)
◎中學文壇 (十三巻第四號) 中學生向の質素なる雜誌なり。
(一部十一銭、芝區二本榎、中學文壇社)
◎ルフラン水彩繪具 文房堂發賣
佛國製の大形チユーブと同形で。各色四十七種。發色はいづれも悪くないが、質はニユーマンやニユートンの美術家用に比して粗である。價はよく分らぬが十三銭から三十銭位ゐ迄であらう。學生用としてB印などより遥かに上等である。