寄書 蠅

竹内徹太郎
『みづゑ』第七十八
明治44年8月3日

 仰向に寢轉んで窓越しにぼんやりと空を見つめて居た。大きい鳥が一羽自分の見て居る空を横ぎつて大いへん早く飛んだ。よく見ると其鳥は窓の内を飛んだのであつた。其鳥は蠅であつた、暫くして其蠅ではあるまいがいやな羽音をして頭のまはりを廻つて居る。手を擧げて追はふとしたとたんに其蠅は頭のまはりでなくて向ふの空で凧がうなつて居るのであつた事が分つた。こんな同じやうなことが二度も續けざまにあつだので僕はつくづく考ヘた―スケッチする時にこんな風に蠅を大きい鳥と見てそれが蠅であることが分らぬ内に其儘繪に描き下すことはあるまいか―無理に鳥でなくとも、木でも、山でも、また位置でも。―遠近の間違や調和のない繪が出來るのもこんな具合であらう。即ち其時の目が、また頭がぼけて居るのだ。氣がおちついて居ないのだ。其物に一心でないのだ。親切でないのだ。

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