松江にて


『みづゑ』第七十九
明治44年9月3日

 廣い唱歌室と、雨天體操場が實習室になつてゐる。室の四隅には、臺の上に靜物のモデルが置かれてある。提灯にマッチ、洋書に扇子、和書の重ねたもの、植木鉢に水差、ビール罎に林檎なむかゞ載つてゐる、ビールに林檎は夏向には持つて來いとでも思つてか、此處が一番繁昌してゐる。
 小學校のことだから、椅子が小さい、尋常一年のなんと來たら、おもちやのやうなものだ、それに大の男がウンと腰を卸して、一生懸命にモデルを睨めつけてゐる。一方に大きな畫架を据えて、堂々と反身になつて場所塞げをしてゐる先生もあれば、低い机にかぢりついて、畫面に顏を押つけ、首を縮めて小さくなつてゐる内氣らしい人も居る、此暑いのに夏羽織を着て、謹ましげに畫いてゐる若い人、首を曲げ眼を細くして、頻りに調子を見てゐる神秘的な人、一生懸命わき見もしない人もあれば、睡たさうな顏に欠伸を?み殺してゐる中年の髯男も居る。

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