寄書 ふと浮んだ感想
TE、KA生
『みづゑ』第七十九
明治44年9月3日
〇七十五號で山宮君が言はれたやうに、我國の文壇の比較的進んでゐるに不拘、繪畫の後れてゐるとが甚だしい。新しい思想を抱いてる人々には大變不滿足であるらしい、けれ共是等は手近で言つて見れば春鳥會の幹部諸君及び其れと同等の人々の責であつて、我々が如何程ヤキモキしても、終に我々には手を出す權利はないのであらう、また、這麼事を言ふ権利もないのかも知れない。
TE、KA生
『みづゑ』第七十九
明治44年9月3日
〇七十五號で山宮君が言はれたやうに、我國の文壇の比較的進んでゐるに不拘、繪畫の後れてゐるとが甚だしい。新しい思想を抱いてる人々には大變不滿足であるらしい、けれ共是等は手近で言つて見れば春鳥會の幹部諸君及び其れと同等の人々の責であつて、我々が如何程ヤキモキしても、終に我々には手を出す權利はないのであらう、また、這麼事を言ふ権利もないのかも知れない。