松江水彩畫講習會
奥村芳夫
『みづゑ』第八十
明治44年10月3日
八月四日 午後零時半、大下講師美保關より小蒸汽船にて大橋着、直ちに迎へて末次本町皆美館に到る、間もなく講師並に竹下一郎氏と共に城山公園を覽視し、寫生地を此處に決定す。
八月五日 講習會第一日なり。午前八時半會場師範學校附属小學校に於て開會、主催者簡單なる挨拶を爲し、直ちに講師の講話に移り、一時間にして終了、夫より四個所に設けたる靜物モデルにつきて寫生を爲し、正午終了、モデルは洋書に扇子、提燈にマッチ、植木鉢に水差、和本等なり。
午後、城山公園にて戸外寫生、講師は一々巡覽懇篤なる指導あり、神社、茶亭、石垣、樹木等多く畫題となれり。
八月六日 本日より午前七時半始業、午前の課業前日に同じ、本日よりモデルを五ヶ所となしピール壜に林檎を加ふ。午後、戸外寫生前日に同じ。
夜七時、日の出館合宿所に於て茶話會を開き講師の出席あり竹下氏一場の挨拶を述へ夫れより互に氏各の交換を爲し、次で講師の日本風景論、諸氏の趣味ある談話等ありて盛會、十時散會す。
八月七日半前の課目前日の通、モデルの取替たるものは朝顏西瓜等なり。
午後、前日の如し。夜七時半舎宿所に於て、講師の水彩畫研究に關する有益なる夜間講話あり、九時散會、此同講師の作品數十點を陳列し、會揚を公開したり。
八月八日 例刻開會、竹下氏の遠近論講話約一時間ありて、直に靜物寫生に移る。
モデルをサイダー瓶に夏ミカン、コツプにホーヅキに取替。
午後、前日の通り。
八月九日 午前課業例の如し、モデルの取替たるものは南瓜、雜嚢に草花なり。
午後前日の通、寫生終り後天守閣前に於て記念撮影を爲す。
八月十日 午前例の如し。モデルは三脚にスケツチブツクと取 替。
午後は當市西端湖畔なる堂方に於て集合寫生。畫題となりしは松並木、遠山、湖等なり。
八月十一日 最終の日なり、講話終りて會員の作品を各敎室に陳列して、講師の懇篤なる批評を受く。
午後三時、講話窒に於て閉式會を擧け、主催者立つて閉會の辭を述べ、講師亦一揚の挨拶及最後の講話あり、それより送別茶話會に移り、茶菓の間餘興續いて起り、拍手歡呼の聲堂に滿ち、頗る盛會を極む、やがて互に惜別の涙を呑みて、散會せしは正に六時、こゝに永く記念とすべき講習會は全く終了せり。
附記 本講習會開催に當り、萬事不行届なりしにも拘らず、無事終局を告ぐるを得たるは、全く講師其他諸君の與へられたる多大の援助の然らしむる處にして、予の深く感謝する處なり、就中會友竹下氏は内終始本會の爲に努力せられて、殊に講習開催前、四日間豫習會を開き、自ら其講師たられ、爲に初學者を益する處尠からず、又遠來の會友藤田紫舟氏は、開會中大下講師を輔けて、會員を指導せられ、猶會員並河榮四郎氏は、會場の借入設備萬端に就き盡力せられたる等、何れも感謝措く能はざる處、茲に謹んで謝辭を呈す。