問に答ふ


『みづゑ』第八十
明治44年10月3日

■一 『みづゑ』七十八「日ざかり」の空の描法の如きは如何なる場合に應用すべきや二 水彩畫に油繪具を用ひることありときけど如何なる場合にや三 アルコールを以て筆洗の水の凍るを防ぐとして繪具は變色せざるやまた他に良法なきや四 木炭畫研究に石膏以外何がよろしきや(SM生)◎一 空の明るくして強烈の感ある場合二 曾てきかず、油繪筆の間違ならずや、パステルは混用することあり但水彩畫に油繪具を用ひて惡いとは言へまいが、下地が違ふから良好の結果は得られまい三 あまり經驗なき故よくは知らず、嚴寒中は室内寫生がよからん、是非戸外にゆく必要あらばパステルなどよからん、四 光澤なき木綿の白布をさまさまの形に置くは面白からん■一 川を上流から見た時の描法二 二三間目前の障子を裏より見たる描法三 水貼方法四 近景の瓦屋根(遷喬會内)◎一 よく自然の形態を觀取して寫せばそれが現はれるが、初學の人にはむつかしい、一つの川中の岩でも、上流に面した方と下流に面した方では其色にも相違がある、それ等の微細の研究が出來るやうにならないうちは手をつけぬがよい二 見えた通り畫きたまへ、たゞ障子といふたとて、其時の光線にもより形も種々ある、紙上で返答の出來るものではない 三 初めに畫板を用意し、紙の表裏を充分水の含むだ海綿で輕く磨つて、紙が巻いても跣返らぬ程度にぬらし、別に三四分の幅の厚紙に、極々硬い糊を充分つけて四隅を貼つけてゆくので、經驗がないと旨くゆかぬ四本號挿繪を見たまへ■一小生本年十八歳今後五年間學資の支給を受くる約束にて上京し研究所に入らんとす卒業後獨立生活が出來るものにや、また上京期は直ぐがよきや二三年自宅獨習後がよきや 二 繪畫上の約束とは如何なる事を言ふにや(KY生)◎一 其人の勉強の程度畫才の有無、並びに社交的方面の上手下手にて、五年後必ず自活されるとは限らぬ、美術の研究を飯の種にする心持でなく、自分の趣味の上から、乞食をしても一生やつて見たいといふ樣な心掛けで初めなくては駄目、次に上京するなら一日も早い方がよい、研究所の一ヶ月は田舎で獨習する一グ年にも二ヶ年にもまさる二 繪畫は如何なる條件を具備するかといふのにや、何れにしても此問題のお答へな狭い此の紙上では出來ぬ、『寫生畫の研究』を御一覽ありたし■一テンペラとフレスコとはいかなる畫にや二 パスデルは他の繪畫よりも褪色し難いといふ、然るか三 パステル用フイキサチフの製法ラツクは地方にもありや(TT生)◎一 テンペラとは彩料を玉子の白味で解いて畫く者としてある、十二三世紀頃に伊太利で流行したさうだ、今でも西洋でやつてゐる人もある。フレスコとは壁畫といふことで、石灰で下地を作り、其上に同じ石灰に彩料を混じたもので畫いてゆくのであるが、是も十五六世紀伊太利に盛大であつた、今では壁畫は油繪で描くのが多い二 ある書には褪色が早いといひ、或書には一番變色がないといふ、語驗が尠いから分らぬが、良好の繪具を用ひて保存に注意したなら油繪位ひの壽命はあるかも知れぬ三 製法を知らず、ラツクは地方でも大さな藥店ならあるでせう■一 快晴の夏の日眞晝頃の太陽を寫生せんにはいかなる方法がよいか二 コマ繪と漫畫とは違ふのにや、七十五號の「伊豫がすり」は漫畫にやまた漫畫には樹木をあのやうに畫くものにや三 渡部先生の落★はいかなるわけにや(越後K)◎一 眞晝といへば太陽は天の中心にあり、仰向て寫すのだが、何の必要ありての研究にや、朝とか午後とかの太陽を畫きし繪を見た事あれど、夏の眞晝の太陽の繪を見たともなく、描かうと思つた事もない故描法は知らず、但午後など太陽の光を前にして寫生する事あれど、太陽其物を主とせず、逆光線によつて現はれたる樹木などの色の變化を寫したものは多い、また太陽の描寫は、繪具をつけて出來るものではなく、光りの感じ故、空や他の物象の色を研究して赫々たる趣を出すのである、二 違ふ、★マ繪の中には漫畫風のもの多數ではあるがコマ繪全體は漫畫ではない。また『伊豫がすり』は漫畫で、樹木の描法の如き一定の規則のない處が即ち漫畫である趣さへ見えれば正直に寫さなくともよい譯である三よく見たまへ、太い白字でSWと二つの字が含まれてゐるから■公私設展覽會へ素人や繪に無關係のものにても出品出來ますか(新宿の愛讀者)◎公設展覽會は同規則に從ひさへすれば誰れでも出せます、但鑑別の程度は隨分高いからよほど立派なるものでないと及第しませぬ。次に私設は會によつて拒むのもありますが、多くは鑑別の上陳列を許します、其展覽會の初まる一月程前に其會へ照會してごらん■『月刊スケツチ』『ハガキ文學』はまだ發行されてゐますか、叉森親子商會のラフエルチユーブの品質は如何(陸前RY)◎前者は數年前廢刊、後者は昨年頃『靑年』と改題せしが近頃見かけず。次にラフアエルの繪具は佳良なるものあり不良のもある、概してニユートン位ひのもの■一 十銭以上二十銭位ひのチユーブ入繪具で私共に最も適當なものを知りたし二俗に云ふ赤濁りの川の色が赤にも黄にも青にも見える、晴れの時は如何な方法にて描くべきか三 ワツトマンの表裏は仕上たる繪の上に影響ありや(宮崎孤兒)◎ロ ニユードン製は近頃少〃評判がわるいがとに角一番安心で、普通色は一本★五六銭、佛國製大形チユーヴも少し粗いが使用に適す、この分は十三銭程二 現場へ往つて見なければ分らぬ、見えたやうに正直に研究して見たまへ三 別に目立つた影響なし■毎號寄書登載の順序は優秀なるものを先にするにや(伺生)◎別に順序なし、其季節に應じたものから採用する、長文は削ることもあり、文字違ひ假名違ひは訂正する、あまり上手でない文章は多少添削もする、全然無益と思ふものは沒書にするが、併し可相成登載する、但委節遲れのものは來年の同時節迄保存して置く
 一 新聞小説等の風俗寫眞等を摸寫して練習すれば人物スケッチの研究になるや二 風景 の寫生には蔭影は普通同色にて施こし、極めて暗い處に反對色を用ひるものにや三 本年冬期 水彩畫講習會ありや(畫狂者)◎一 大家の眞面目に畫いたものなら摸寫も相應に利益あれど、實物寫生に如かず、詰らぬものゝ模寫は大害ありて一利なし二 蔭影の色はそんな單純なものではない、充分研究自得すべし、希くは『寫生畫の研究』を一讀されたし三 來年一月二日頃より五日間徳鳥市に於て開かるゝかも知れぬ■一 中學卒業後美術學校へ入學するのと研究所に於て勉強すると何れが進歩早きや二多くの先輩の繪を見るは有益なりとき★と年二回の展覽會のほか繪を見る機會なし何か方法なきや(SI生)◎一 美術學校へ入つてゐたならどんな人でも五年目には自然に卒業する、私立の研究所では殆と卒業期が趣まつてゐない、美術學校では出來る人も出來ぬ人も一樣に敎育をうける、研究所は腕次第、どちらがよいとも言へぬ、自分で選ひたまへ二 常設美術館なき日本では、今の處止むを得ざるべし、但願書さへ出せば小石川の水彩畫研究所に開かるゝ毎月第四日曜日の月次會に出席し得べし、陳列の繪畫は多く生徒の作品なれども眞面目の研究になりしもの故却々利益する處多からん

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