紀念號に就いて


『みづゑ』第八十一
明治44年11月15日

 大下藤次郎氏逝去に就いて、本號全部を、故人の記事で埋め、紀念號として、靈前に献げることにいたしました、諸名士が、春鳥會の請を容れられ故人に關する憶ひ出の多い文章を★はられたことは、編輯人の深く感謝するところであります、編輯をしてゐながら、涙の飜ぼれるやうな情誼の厚い文章を、拜見しました。
 遺稿として、故人の文章二篇を收めてあります、「水彩畫獨立展覽會に就て」の方は、早くから認めて置いて、未だ時機が早くて、公けにせずにあつたもの、「斷片語」の方は、考へついたことを、無造作に、反古の端に書いてあつたのを、繼ぎ合せたのであります、今讀んで見ますと、高いところから、冴えた聲で、道を説かれるやうな氣持がいたします、但し標題は、編輯人が、後から、くッつけたのです。
 原色版挿繪は、いづれも故人の作品でありますが、第一に掲げた「やなぎ」は、日下開會中の、文部省美術展覽會に、喪章と花環を献げられて、陳列されたもので、故人の公開された作品の、最後のものであります、故人は植物の中で、殊に楊柳を好んだやうに見受けられました。
 諸名士御恵贈の文章の中で、標題の無かつたものは命け、又同じやうな標題が、重複した分は、その中の或ものを、改めました、これは同じやうな題であるために、内容まで、大概同じものと推測され、一つ讀んであとは見ずにしまふといふやうなことが、萬一あられては、濟まないと存じたからであります。

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