断片語

大下藤次郎オオシタトウジロウ(1870-1911) 作者一覧へ

大下藤次郎遺稿
『みづゑ』第八十一
明治44年11月15日

 何の修學でも、十年續けてやれば、一人前になれる。更に十年其道に離れずに居れば、衣食だけは出來る。最初の十年は、辛いので途中でよく氣が變るが、あとの十年は、苦しいことはない。繪の道も同じことだ、飽かずにやつてゆく人が成功する。
  ○こゝに假りに十人の畫學生があるとすると、其うちの二人は捨てゝ置いても立派になれる、所謂天才のある人達で別の二人はとても見込のないと匙を投げさせる、あとの六人は、若し熱心に勉強すればモノになるし、少し怠ると浮ばれないといふ例の人々だ。この六人組がいつも多いのだから、たとへ天才ある人達でも、六人組の心持になつて、一生縣命勉強すれば間違なく月桂冠を戴くことが出來やう。
  ○自然を離れた、自然によらないといふ立派な松はかつて見たことが無い。
  ○人間程ヱラいものは無いといふ、人間は自然を自由に使用し改造し得べしといふ、このヱラい人間が五日も雨が降つて三日も風が吹くと、もうイクヂがない、天を師仰いで長太息を洩してゐる。
  ○自然に逆らはずにやれば間違はない、自然の約束を無視した設備は、忽ち大なる破壊力に粉碎されてしまふ。
 森林保護の充分な木曾川の上流に、洪水のあつた話をきかない。
 森を伐り倒して、雜木林にする、雜木を伐り倒して、地表を裸かにして、桑を植ゑ、桃を植ゑる、これがため一地方で一萬圓の收益があらうが、他地方では時ならぬ洪水の害を蒙つて、十萬圓の損をする。自然に逆ふといふことは、國家経濟の基礎を危ふするものだ。
  ○日本人は、淡白を好むといふのは虚で、淡白は江戸趣味に過ぎない、京阪は舞妓の姿を見ても、濃厚だと、誰れやらが言はれた。
 例に出すのは恐れ多いが、伊勢太神宮は白木造である。雪舟の描いた墨繪は京阪でも價値に變りは無い。趣昧の低い遊冶郎を相手の賎業婦と引合に出して、國民性を推斷されては耐らない。

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