濱田の海

テツタロ
『みづゑ』第八十二
明治44年12月3日

 コトンといつたと思ふとギイギイ艪の音が聞え初めた。いつの問に來たものか僕の立つて居る粟島の岩壁の直下にはかすかな灯を點けた漁船が一隻沖に向つて進んでゐる。灯にすかして見ると船の中には漁夫が二人居るらしい。月はニユートラルチントの雲に包まれて淡暗い光を下界に投げてゐる。いたづらに凄い夜だ。
 『沖や荒てるのう』
 『荒れるなあいいがあす朝こゝを歸る時やどげえな元氣だらうかのう』
  漁夫等の聲もだんだんかすかに船は艪の音と共に冲へ沖へと進んで行く。それにつれて灯はインチゴを流したやうな海面に長く長くゴールドの尾を引く。はるか向ふに眠つて居る矢名島の岩角に打寄せる波の音がドツドーと響いた時可憐な灯は。ボツツリ消えた。
  後は寄せてはかへす波の音かすかに。

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