黄昏のスケツチ

中島重治
『みづゑ』第八十二
明治44年12月3日

 夕陽は森羅萬象を悉く赤に染めて今し沈まんとして居る。
 汀に立ち並んだ老いた松が、枝、葉を縱横にさし交はして微かに?いて居る。涼しい夕風が遠い沖から海面を渡つて颯つと吹いて來ると、それが思ひ出したやうに松籟を奏でる。
 遠山の上にムクムクと湧いた雲が、紅に輝やいて幾度か崩れては立ち直り、そしてそれが種々に形造って居る。遠く海を包んだ山々が夢のやうに霞んで見える。
 ヂヤブリヂヤブリと小波が渚を洗つてゐる沙地の上に、一管の筆に此の自然と親しんでる、一人のうら若い藝術家が居る。
 それが私です。
 カンパスが次第々々に彩られて行くのを濁り、微笑んで居る・・・それが私です。
 ぢつとして凝視て居ると、此の儘自然の中に滅入つてしまいそうな氣がする。
  つと風を孕んだ帆船が二隻、夕日を一杯浴びて北から南へと?せて行く。
  やがて赤い雲が樺色となり、そして紫と變ると、何處からとなく山から海へ靄が下りて來て薄絹を一枚一枚蔽ひかむせるやうに夜の幕が下りて來る。
 私ば今更らしく自然の、あくまで偉大なると、そして變化に富みしと、描き易いやうで難いのに感じた。
 と靜かな夜氣を額にして船唄が微かに聞えて來る。はや沖に漁火がニッ三ッ瞬き初めた。

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