寫生用透視畫法
真野紀太郎マノキタロウ(1971-1958) 作者一覧へ
眞野紀太郎
『みづゑ』第八十三
明治45年1月3日
繪を畫くに就て透視畫法を心得て置くことは必要な條件であらうと思ふ、然し必ず此畫法に依り割り出して畫けと云ふではない、此畫法を正式に引くことを覺え、基本形を畫く事を修得しれ後、實物に接し寫生をしたら一層確實なものが出來やうと思ふ。此畫法を説くに、一般の透視畫法として出版された書物の樣に固苦しく述べず、極めて平易に旦つ實用に適ふやう説ひて見たいと思ふのであります。
透視畫法を説くに先づ三つの要件を話し、一般概念を與ヘ、然る後、遂條實物に付説明したいと思ふ。
一、水平線の高低、是れは繪で云ふ地平線と同じで畫者の眼の高さ、言ひ替ヘれば風景等寫生の場合、平地に居て描く時(水平線の低き繪)叉は高地より眺め、畫きたる時(水平線の高き繪)
二、謁者と畫面との距離(是れは風景寫生の場合に於て繪に入るべき最も近き點と畫者との距離を云ふ)
三、畫者と畫くべき物體との距離(靜物畫に於て寫すべき物體と畫者。風景畫に於て畫中の家屋及人物との距離等)
前述の三要件は寫生の場合、必ず起る事實である、今之を基礎として左に畫法を述べて見やうと思ふ。
第一圖Aは畫者、BCは物體、DEは畫面にて物體より引く光線が一畫面(即透視面)を透徹する時、印象するものと假定せば所謂繪は此畫面のことである、次で一條件なる水平線の高低とは、BC物體と、DE畫面とは其儘にしてA畫者の位置を上下すれば必ず水平線は高低を示すべし、又A畫者と物體とも其儘にしてDE畫面を近くか、又は遠くなさば、畫面に印象すべき物形が變ることは明白にして之れ二の條件である、次に畫者と畫面を其儘にして物體(靜物畫などの場合)を近づけ、又は遠くせば之れ又印象すべき物形に關係を及ぼす之れ三の條件である。
物體が一畫面を透して、物形を現す時、畫面より隔たる程、物體及線が縮少して映ずるものである、第二圖に於ける如く書籍の表紙の両角、ABに糸を挾み其両端を手にて吊り垂直なるPAB二等邊三角形を作りPに注視すれば本の邊CA、及DBは糸PA、及PBと一致する、是れABと同寸なるCDが斯く縮少して映する現象である、又第三圖の如く仝し長さの圓★及角★を列べ、H、L、水平緑と中央Bの圓★の眞直なるPを注視する場合、中央の圓一★は眞隋圓に、右方の分は不正隋圓に現れ両方共下部は、より強き曲線になるものである、次に、角★も第二圖の如く注視點が中央なる時は、正しき梯形を現はせども是は稍々左に在る故不正なる梯形を現す是れ記憶すべき要點である、第四圖は仝じ長さのものが畫面内一方向に並列する時の例である、即ち畫者は道路に立ち、Pを注視したる場合、AB電柱の両端よりPに引く線はABの範圍に縮少するものである。