机の抽斗より

長谷川利行
『みづゑ』第八十五
明治45年3月3日

 實行生活と藝術生活に、何の矛盾も束縛も感ぜずに、生活して居るのは私の所信である、その藝術生活には、美術心か何時の間にか養はれて居つれ、斷片的の感想を『みづゑ』ヘ、貴重の誌面を割愛して貫ふのは心苦しいが起稿した。

 繪畫を論じつめると、文藝創作の態度は、客觀的倶體的であるが、繪畫は直觀的の倶象化されたものて、あらねばならぬ。
 自然と云ふ感興は、臆て繪畫そのものでなく、之を倶象化して繪畫となり、藝術品となるのである、繪畫といヘばペンキ畫婦人衣裳の裾摸樣も、手拭扇子の圖案も包含するが、藝術としての美術品は、人格に伴ふ氣品があらねばならぬ、換言すれば、自然の觀照的態度であつて、純藝術生活を形成するものであみ、これが繪畫の根本的意義であらう、約束であらねばならぬ。

 繪を賞翫するといふ友人あり、足下は繪は賞翫すべし、されど經驗なき賞翫は、自己に埋沒して何等の意味なし。
 思ふに繪畫の趣味性あれば、も少し廣義の意味に、それが取捨をして貫ひたい、たとひ、アマチユアの我々であつても、繪にはもとよりの嗜好と、愛着やみがたく、それに心を傾けるの個性薀蓄の存在せるなれば、よろしくその情緒を察してほしい。
 かの素人好きのする、美しい繪よりも、多少の放逸はあつても、多少の藝術的分子を加味せるものの、どれ丈高貴を思ひ到らざる、要するに美なるに期する繪畫は、藝術ではなく、一種の遊戯である、何等人生と干渉なきものは、實に我々の憎むべき惰民に等しいものだ。
 おん身は、貴重なる人生行路上に、賃金を拂つても、なほ、大平の遊民たらむとするか、我々には二面の生活はするとも、藝術生活に於て、ただ耳目をよろこばすもので、意味のないものとは、沒交渉である、甚だ倦きらなく所存する。
 我々はすべての事、皆人生のある意味を語つて居るものであつてほしい、我々はたとひ一部分でも、遊戯的分子は、御免蒙りたし、この點よりしても、我々は人生の立脚に於て、超然たらしめるであろう。
 曾て友よ、おん身と天王寺の植物温室近邊ヘふうらりやつたことあらむ、その時、予は曰く、植物園の彼方の杉の小幹を見よ、超然として居ると云ヘば、冷罵の意味に於て、輕侮せしならむ、その周圍に、美人竹などの柔らき感じのする、草花亂れある綠の中に、夕日の傾斜にコバルトチントの影長くひける杉の木は、他のものに比して、異驚の眼をそそぎたるなるも、足下は一笑に附せり、自然の小景にも、尊嚴犯すべからざる風景を、凡眼に一瞥せざらむとするは、むしろ神經過敏ならざるを嘆く。すべて人生の意義は、驚異より出るものなるを知れ、我々は人生の微少なる分子にも、觸れるとともに、偉大なるものに造詣せるにあり、足下よ人間知覺上、微小なる驚きより、極大なるものに、眞に驚異するものならむ、人生は驚異せんとするのが本來であると思ふ、私は總ての點に觸れては、驚異せんとして居る。
 これ繪畫に對する賞翫も同じことなり。猶足下に告げたきは、超人分超人たる態度といふ事なり、足下は偉大なる人格の造詣者なるも、足下の發展餘地をもとめて、秩序的に小景に接し、會得するところありて、更に大景に接近せよ、足下人生行路にもとるなくんば幸なり。

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