ハドソン河について

幸雄
『みづゑ』第八十六 P.16
明治45年4月3日

 本號掲載の「ハドソン」河は洋々たる雄圖を前途に抱きつゝ儚き運命に倒れ給ひたる彫刻家萩原守衛氏の遺作にして、降るアメリカの綠野を貫くハドン綠河を物せられしものに有之伊。氏が親友たりし戸張弧雁氏の談らるゝ所によれば、此は氏が後にも先にもたつた一枚の水繪にして氏の頗る得意とせられし作なりし由「幾度なく生前の荻原に此畫の前に座はつて、『どうだい、いゝだらう』と得意の押賣をされました」と、逝きし友を忍びて懷しげに物語られ候、 又荻原氏遣作集「彫刻眞隨」を其平生痛く私淑せられし佛國の稀代の巨匠ロダン翁に示せし所、同翁もいたく氏が天才を賛へて、其不遇を痛惜せられし由と聞き及び候、天の運命とは云ひながら此頃流星の如く生れきて又流星の如く消え去る藝界の偉材の多きに誠に悲しき極みにて、凡人は其突然放つ光輝の赫々たるに驚きて、消えての後の暗さを更に切實に感じ申候。本月十二日は氏の三週年の忌に相當いたし候。(幸雄)

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