非人情の記 三

幸雄
『みづゑ』第八十六 P.24
明治45年4月3日

  降りしきる雨の中を、心細そうな建さんを引張つて、無二無三に歩いた、今は菅笠の恥しさも、建さんの身體の心配も、よい加減にして、出來る丈元氣の出る樣な話をしながら、歩いた。何だと問はれたら、河ですと答へ度い樣な道を、幾度か倒れさうになりながら、只行く、村人がけゞんな顏付で、見送る目付も、靄然と夢の樣に霞む酒勾の谷も、建さんの得意の種だつた、新しい桐の足駄が、慘憺たる有樣となるのも、最早や關つて居られない、なんぼ夏の眞中だつて、濡鼠の儘では、そろそろ寒くならざるを得ぬ、菅笠の御蔭で、背中の河は止つたけれど、生温い樣な、肌寒い樣な、何とも知れぬいやな心地||例へて見れは、冬の夜寢小便を失敬した時の樣な心地||早く何處か一夜の宿りを得て、汚くても干いた衣物を、と心細い事を當にして、只歩む。
  何時の間にか道了樣の第一の門まで來た、一寸休むで、澁茶をすゝる。建坊は葉書を家へ書いて、心細さの一端を聊洩らした樣子である、僕は休むだ家の主人に、明朝箱根へ超へ度いがねと相談を持ちかけた、相談は程なくまとまつたが、親爺漸く太雄山最乘寺の縁起由來を説き出した、先づ天狗樣とお寺との關係から、言葉を起して、酒滔々數万言、權現樣の御利益に信者天下に、普きまでに及むで、更に一轉我家の歴史沿革から、自分の親父の住むに到り、結局白分が此所に寺の檀家總代をして居ますと結んだ、斯樣な山の中で、斯程な雄辯を聞かうとは思はなかつた、只惜しい事に、聲が惡い、安物の蓄音器の琵琶歌見たやうだつた。
  此所に宿つてもよいのだが、朧を得て蜀を望むは、人の常とやら、理屈をつけて、今夜は一つ道了樣に御籠しやうと出掛けた、一寸樂になると、僕の呑氣は直樣主張を逞うする、左樣ならと、腰を立てたら、椽先の臀の据つた所に、衣服が濡れてた爲め、大きなスタンプが二つ押されたは面白い、アラマアと女中が叫んだ、アラマアの勢力は山間の僻地にまで、及んで居る。
  何時見ても深い感じのする所だ、森々たる松の森は、萬年の碧を凝らして、眞黑になつて茂つて居る、太陽は最早灰色の雲の中の何所かに沈むでしまつたに相違ない、あたりは余程暗くなつて來た、チリンチリンと鳴つて時々自衣の道者が、靑葉隱れに浮いて出て來る。
  急に頭の前に、ガラガラガラと雷が吼えた、吃驚しちまつた、非人情も吃驚するに差悶ばない怖かつた、芝居見物の僕等は、急に打たれた舞臺のピストルに驚いたと、云ふ體たらく、そして其ピストルの彈丸が入つて居るかも知れないとて、怖がつたのだ||雷は其儘止むだが、余韻が未だ消えやらぬ、亡者の樣に道了權現の谷々に騒いで居る、氣味が素適に惡い。
  最乘寺の玄關に立つて、今夜御籠りを願ひますと、靑い頭をした坊主に賴んで、それから僕は家内安全の護摩を、建さんは身體健全のをあげる事にする、若いのに殊勝な事共と、御賞め下さるかも知れないが、實に護摩を上げなければ、宿めないと云はれたから、詮方なしにたく事にしたのだ、建さんは理屈をつける事の好きな人間で、自已の行動は、何時でも説明つきだ、「ネエ、僕の親はね、常に僕の身體を計り心配して居るから、僕は、身體を丈夫にするのが最も親孝行だと思ふて居る、だから僕は、身體健全の護摩を上げた」と、理屈を捏ねる、成程建さんの言ひそうな事だと、感心して置く。
  惡戯さうな小坊主に導かれて、からつとした室に通された、中央の大火鉢には、湯が沸いて居る、蒲團は押入の中にあります、と云つて坊主は立去つた。念の爲め押入を開けて見ると中にあるある、いくらでもある、下の方には木の枕が行列して居る、無論寢巻も何も有つたものでない、こんな事なら、さつきの雄辯なおやぢの處に、泊ればよかったと、後悔は例の通り先にならぬ、濡れたものを順次に火鉢で乾かして居ると、素適な飯が御大層な道具に載つて來た、先づ味噌汁は桶の中にあつて、杓がついて居る、其外椀と云ひ、著と云ひ、古風を極めたものであつた、餘り面白さに僕は、寫生しやうかと思つたけれど、饑じさうな顏の建さんが、氣になつたから、早速やめて、箸を持つ、御酒がついて居る、見ると建さんは何か煩悶して居る樣だ、僕は彼が御酒が好きな事を知つて居るから、此の際酒に親まぬ我輩に氣兼ねはして居るものゝ、喉から出た手は、仲々おさへ難く、例の、身體健全親孝行主義の原則から、何か洒に飲めて、且飲み度いからではないと云ふ理屈を一生懸命に演繹しやうとする努力に、相違ないと、見當をつけた、面倒くさいから、平氣な知らぬ顏で、御精進のうまくない飯を呑むだ。 寒い湯に、坊主と一所に入つて、兎も角も寢る事にする、例の押入から、數へきれない程の蒲團の、少しは清潔らしい感じのするのを、撰むで敷いた、異な臭がする、僕は蒲團のきたない程嬢なものはないが、仕方がないから、觀念して、濕つぽいシヤツなり橫になつた。
  建さんは、例によつて腹を出して居る、彼は二木博士の御弟子で、腹式呼吸の熱心な實行者で、且同時に其傳敎者だ、少し出かけた腹が自分で釣つた鯉の樣に、得意で得意で堪らない、僕に會ふ度に直賴みもせぬのに、美しからぬ腹を見せる、そして「横隔膜は」とやり出す。
  「幸さん!」そら來た
  よい加減にあしらつて居る間に、建さんの深呼吸は、鼾聲に變つて來た、此方は無事に片付いたが、偖我輩は寢られない、||蚤が居る、我輩は一體近年流行の神經質と云ふものである程、ハイカラではない、けれども、飛だ親讓りで御母樣の眠られない性分を、すつかり、頂戴した、まして蚤が居る、||蚤! 僕に蚤には大部經驗を積むだ心算であつた。けれども、山の中に斯樣な大勢な蚤が居やうとは、思はれなかつた、一高の自治寮は、實に蚤の名産地と信じて居た、蟻位の大さの蚤が、獰猛に居る、寢室の疊を叩いて、橫からすかして見ると、美麗と思へる程飛び立つ、僕は診方なしに三ケ年向陵生活を、失敬ながら、行李をのせる棚の上に寢た、落ちるといけないから、細引で、身體を結びつけた、友達は僕を神經過敏と笑ひながら平氣で床の上に蚤と同居して居る、我輩は彼等の神經過鈍を笑つて、天井に蜘蛛の巣を眺めて暮した。
  僕は斯樣に蚤の本場を踏むで來た老將だが、道了權現の一夜の蚤漬りには、實に實に閉ロしちまつた、チクリと腋の下を刺す、チクリ股の中だ、チクリ背中の恰度手の届かぬ所、チクリ、頬ぺた、||何ぼ何だつて、顏を刺す奴があるかい、チクリ、足の指の俣||何處が痒いのだか、解らなくなる、チクリアー情ない、泣き度くなつた、家へは歸り度くなつた、建さんには、内密だか實は泣顏をしながら、若しや棚でもと見廻すと、何にもない、口惜しくなつて、飛起きた、ランプはぼんやり燈つてる、外には風の音、雨の音、少し落付いて居ると、「蚤を相手に夜を明すかな」と云ふ氣になつたから、非人情の敎科書を復習を初めた。 建さんは、呑氣に寢て居る、きつと無神經に、相違ない。

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