テツタロ
『みづゑ』第八十六
明治45年4月3日


 テツタロ
 先年僕は中國山脉に深く分け入つたことがありた。車の通ふやうな道もなく、彼方此方に賤の藁屋があるのみで、實に淋しい處であつた。無論宿屋などはないので、その邊でかなりいいといふ百姓の家に泊つた。そしてその家の襖にこんな畫が描いてあった||重箱のやうな、そして上面を黑く塗つたものが、子供が樂書にかいたやうな波の上に乘せて、そして向ふの方には、帆船らしいものが二三浮んで居た。何だかどうして了らなかつたが、やつと思ひ付いて見ると、驚いたことには、これが此邊で信じて居る生きた鯨であつた。
  僕等の畫にも、一段高い人の眼から見ると、この鯨のやうなことがありはせんだらうか。

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