賣り切れぬうちに御注文あれ


『みづゑ』第八十六
明治45年4月3日

 初期時代の「みづゑ」は賣り切れて市中には零本殘冊をすら存せず今日となりては手に入るヽこと先づ望みなき程なるにも拘はらず購入希望の向き頗る多碁やうなるがその時の「みづゑ」に挿入したる水彩石版に故人大下藤次郎氏の好みで當時「みづゑ」に挿入以外に數十部餘分に印刷させ本會に保存しあるものなるが今同簿書整理上格安の廉價を以て上記の如く發賣すすることとなりたれば當時の「みづゑ」を有ぜざる御方は右にて幾分の渇を醫せらるべしと信ず抑も「みづゑ」刊行常時は本邦の彩畫印刷術未だ頗る幼稚にして故人大下氏は常に言へらく「自分は「みづゑ」の挿繪では隨分印刷所をやかましく言つて氣に入らなけば何度でも刷り直させるつまりは自分が金を捨て、本邦の印刷術を進歩させてゐるようなものだ」と是等の臨本は實に大下氏が督勵の下に良工の苦心に成りたるものにして一面は本邦洋畫印刷進歩史の一階段をなせる標品として歴史的にも珍重すべきものありと信ず
 高價の時分に直接本會に注文せられた御方對して賣捌上の信義を保つため改めて一部を無代呈上することにした

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