萬世不易と一時流行

中村不折
『みづゑ』第八十七
明治45年5月3日

 此言葉は、芭蕉が俳旬に就て、主唱したのであつて、其時に流行に連れて、目先の變った珍しさうな仕事をして、只、世間の氣受斗りを、本位にして、實質の如何を間はず、只新奇新奇と騒いで居るのに對して、芭蕉が萬世不易説を主唱して、其作品が幾年經つても價値の變らぬしつかりした物を、こしらヘると云ふのであつた。是は、何時の世にも文藝美術には必らず伴つて行くことであつて、近頃の樣に無暗に新しい事斗り尊んで、少し地道に研究して居る人間を見ると、直ちに時世後れとか、老耄だとか云ふは、少し考へて貰ひたいものである。今日本の藝術に、一番缺乏して居ることは、基礎が強固でないのにある、言ひ換れば、藝術の基礎を強固にすると云ふことが、目下の最も急務であると思ふ。然し、其基礎を強固にすると云ふことは、實際餘り派手な仕事でなくて、割合に骨が折れる、それで誰にしても、そう云ふ樣な事をするよりも、やはり時流に連れて基礎などにかまはず、一寸表面の派手な事をやる方が、面白い爲に、基礎の研究など、云ふことは誰もやらぬと云ふ有樣である、我々の、今日の腕前を西洋人の普通の藝術家と比べて見ると、遺憾ながら遠く及ばないのである。夫であるのに關はらず、今時の若い人達は、少し腕が利く樣になつて、文展ヘでも及第する樣になると、もう非常の大家になつた樣な顏をして、基礎の強弱などは殆ど考へて居ない、のみならず少し眞面目になつて居るのを、罵倒して、時勢後れであると云ふ樣なことをいふて居る。此間三會堂で、ロダンの彫刻を見た時に思ひ出したが、何でもあの彫刻を見た人々が、ロダンと云ふ人はもう少し氣拔な仕事をする筈である、然るに此仕事を見ると餘り眞面目であつて、ロダンに對する要求を充たして居らぬと云ふ樣な歎聲を洩らして居るのを聞いたが、然し、一體に味いと云ふこと丈は首肯したらしいロダンが、今日の盛名を馳せたのは、實際、日本の青年諸君の考ヘて居る樣な奇抜なことや、變つたことをした爲でなくて、其技術の旨いと云ふことが、最も與つて力がある、實力のあるのが世間の尊敬を博した所以である、夫は種々變つたこともやるが、もしロダンが仕事が旨くなかつたら、誰も何共云はぬであらう。ロダンのロダンたる所以は、技術の旨いと云ふことにあつて、技術以外にロダンはないと思ふ、西洋の絶代の大家の仕方は、皆此技術の旨いのであつて、さう云ふ名家の作品程、日本の青年は敬服しないであらう、却て、三流以下の、只、時流を逐ふて居る一種の山師の樣な畫家の作品が、却て歡迎される樣な有樣で、名家の作品は作品を見ないで、只傳記を見て驚いて居ることが多い。ロダンを學ばんとするにはロダンの勝れて居る技術を學んで、主義などは二の次にして差支ない、夫が却て、ロダンを學ぶ眞實の事になるであらう、要はロダンの主義を充分に行ひ得る基礎を學ぶことが、最も必要である。

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