名さへも知らぬ小鳥の歌

今永英世
『みづゑ』第十一 P.2
明治39年4月18日

 是れは始めての寫生ではありませぬが、小生等の如き初學者には先づ最初といふても差支はありますまい。
 何分鄙地の事とて紙や畫盤などは揃いましたが、三脚といふ氣のきいたものはありませぬ。然りとて道の惡るい所や疲れた時等に必要なことは毎度の經驗。何か代用する物がなと工夫する程に妙な道具を案出しましたそれを袋にし、辨當を腰にして野外へと飛ひ出しましたのは午前七時頃でしたろう。某紅の東方河邊に倚り上流を眺むれば、軟風そよそよと來るに連れて名さへ知れぬ小鳥の歌が聞こえ、森の緑滴らむとする景色、掬すべき清らかなる水の靜かに流るゝ樣、誠の風情かなと直ちに自製三脚を組み立て其上に「ハンカチーフ」を敷き、徐々と筆を下しますのに、何となく一種の快感にうたれ措く事能はずと云ふ次第でありました。斯も野外寫生は愉快な業かな問暇さへ得ば寫生をのみと獨り約しました。何故そういふ風に感ずるかと云ふに、下手ながらも向ふの林の有樣、水の清らなる邊、一々形が出來るではありませむか!
 鳴呼、これが奥を極むれば、あれが一々實物に優れた立派な畫が出來るかと思ふと何となく床かしく、有望で、畫ばかり描ふと决心しまして、酷しい感に陷つたのです。これが私をして將來「アーチスト」とせしめむとした一動機と云はねばなりませぬ。かくも、戸外寫生が私に大なる感動を與へたと思ふと、誠に不思議な樣です。晝飯も終へ日は既に西山に傾き彼の森の烏もねぐらに急ぐ影を紙面に落しましたから漸く時の移りしを知りました。其間全く所謂「ホーリーロスト」であつたのです。これで、爾來益々畫を研究し、寫生を怠らず、水彩畫など稽古する氣は慥かめられました。

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