小さな娘に動かされて

衣江
『みづゑ』第十一 P.2
明治39年4月18日

 中學三四年の時、初めて淺井氏の水彩畫帖を課せられましたが、元來、こんなものに趣味を持つて居なかつたので、繪畫の巧みな親しい人に頼んで、畫いて貰つて、先生の許へ出しますと、案の定最高點。その後は、毎度この樣にする中に五年級となり、繪畫科は廢せられましたので、吻と一息吐いた事でした。當時僕の居た中學では、畫の下手な奴は、いつも上手な奴に依頼して居たので、上手なものは、毎度、之に忙殺せられて居たのてした。中學を出てからは、繪畫の事などは、殆んど忘れた樣でしたが、丁度僕の居た下宿屋に、八歳計りの娘がありました、それが、いつも學校友達を連れて來て、僕に畫を描けと云う、最初のうちは、雜誌の口繪の透き寫しなどして、誤摩化して居りましたが、遂には繪畫が面白くなり、妹の購つて居た女學世界の口繪の水彩畫などに注意する樣になりました。處が、僕の友達に水彩をやる者が二三人あつて、愉快に畫いて居るのを、折々見せられるので、益々、興味を覺えて來、二年前から机の隅に投げ込まれた儘、手も觸れなかつた、水繪具を取り出す樣になりました。而し調色の難いのと、手の動きが鈍いのとので、一ヶ月の後には再び机の中へ投げ込んだまゝ捨てしまいました。然るに今春病痾を靜養せん爲、學をすてゝ歸省する事となり、水清き故郷の村落に放浪する間、無聊の餘り、再び畫筆を握り、爾後三ヶ月尚倦まずして繼續して居るです。

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