こゝ迄云へばあとは・・・

千葉悦彌
『みづゑ』第十一 P.9
明治39年4月18日

 夏休に歸省するとき、大枚九錢奮發して、畫用紙一枚求め、半日を棒にふつて、畫盤を作りブリッキ製の繪具箱も用意して、水彩畫の栞を固く握りつめて、歸つたのは、九月。某の日曜日、用意萬端をとゝのへて、寫生なすべく、獨り山路を辿った、山深く分け入ると、葡萄の薄紅い葉が垂れてゐたり、活々した松山があつたが、到底私には不可能なことは知れきつてゐるから、度々、睨め乍ら谷間にと下つた、ところか、水車小屋があつた、こゝまで云へば後はお了解になるでしやう、空腹を抱えて昇り路の困難をこぼしながら歸つたが、家に着くと忽ち元氣回復。

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