春の一日
悲雁生
『みづゑ』第十一
明治39年4月18日
私は初めから摸寫は嫌であつたのです、よし好としても臨本を買ふ餘財がありません
昨年の春一日友と共に戸外に出かけました、出來もしないのに寫生とは何と押の強い事では御座いませんか。當地でも景色の良い處を撰んで行きましたが扨て何處を寫したら面白い繪が出來るか彼處は廣くて描ぬ此處は繁雜で到底出來ぬと三脚の据處に迷ひました。終に之なら描け樣と思ふた處がありましたから其處に三脚を据ました。何しろ初めてですから、輪廓を取るのに苦心致した勿論着色はより以上の苦心を致したのです、此の時後に書生が二人立て何か惡評をして居る樣子に氣が付た時私は生きて居る思は有りませんでしたおそらくは友も同感であろーと思ひます。繪が出來上るとそこそこ道具を片づけ友に別れ家へ歸て額に入れ吊しました此の時の愉快さは未だ忘れられぬのであります、恐らく繪を描かぬ者には知り難い樂であると信じて居ります。
