郊外寫生期

旭花生
『みづゑ』第十一
明治39年4月18日

 郊外寫生に適當なる時期は三月から五月雨前迄と九月頃から十一月の中頃過ぎ迄即ち春と秋とで一年中略ぽ六月であります然し諸君の奮發次第何時でも出來ぬ時はありませぬ。
 一月二月の降雪の時期は雪の景を寫すのに丁度よいが然し甚だ困難な事には寒烈の候だから身體否な手先きが冷めたいには實に閉口せざるを得ない。
 四五月頃は人類否な生物一般に最も幸福な時だから郊外寫生者に取つても其の通り一ヶ年の中でも實に此れ位樂しい、好い面白い、寫生期はないのだ。
 五月雨時分は甚だ好ましくない道具さへあれは决してむつかしい事はない然し僕等の樣な三脚一つ持つて居らぬ如き者には實に困離な時期だ雨中は片手に傘を持たねばならぬ。又濡れた石の上に油紙を敷いて座つた所で衞生によろしくない。(道具所持者に對しては否なり)
 七八月頃は朝か夕方ならば兎に角日中は隨分むつかしい。頭上に炎熱を浴ひせられて流汗瀧の如きからだに道具一切をぶらさげて行くのは餘程困離な仕事だ。
 九、十、十一月は春に次ぐ好時期だ、盆大の銀月、滴血に似たる紅葉、佳香馥郁の蕈山。低首歡迎の尾花、實に之れ皆吾々の目的物として最も適當なる者だ。

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