まあこんな面白いものが

I生
『みづゑ』第十一
明治39年4月18日

 自分は元來日本畫がすきで田舍に居つた時分などは殊に熱心であつた、然るに、東京へ來てから、ふと或る友人が自作の水彩畫を自分に、示した其の畫は今しも出た計りの大きな月が地平線近く描かれ、そうして松の木蔭が奇麗なコバルトで面白く彩どられた月夜の景であつた、今迄水彩畫と云ふ名すら知らなかつた自分は、此の畫を見て一種云ふ可からざる愉快な感を持つた、「マーこんな面白いものがあるかしら…」其後はもう日本畫の方はすつかりお留守になり、其友人が持て來ては示すのを何より愉快にして居つた、人間と云ふ奴はどうしても慾の動物『ドーモ人の描ゐた畫を見る計りではつまらない、一つ自分で畫く樣にならなくては面白くない』と云ふ樣な考を起し早速そこで廿五錢と云ふ舶來の繪の具を一箱買入れどす黒い畫學紙へあやしげな筆をなすり初めた。考へて見れば是れがそもそも水彩畫と交りを開いた初めなのである。

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