銀座通りへ廻り道

川原星山
『みづゑ』第十一
明治39年4月18日

 私は東京の生れであるが、十四歳の時神戸に參りまして當地の小學校へ入りました、その時迄は繪畫の思想は皆無でありました。所が該小學校に入つて日本畫を教り何時の間にやら繪が好になり、随分熱心になりまして、卒業の間際の展覽會の時には選抜されて畫た事がありました。十六歳の春再び歸京致しました、佳所は當時京橋でした、赤坂の大倉商業學校へ通ふのでして、日比谷の方を通らず毎日態々銀座の方へ回ります、その故は銀座通に八咫屋と云洋畫店がありますから。然し當時日本畫思想の私には洋畫は異樣の感じがしましたが、毎日この店の前に立つこと凡そ二十分、その内に水彩畫を描きたき心地して、該店にて三宅先生スケッチ(水彩)を購ひ習ふ内に、一人の友人が摸寫よりも實寫の方が力がついて且面白味が深いと忠告されて、書籍を數册積んで寫生したが私の水彩スケッチの抑の始でした。

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