ないしよないしよ


『みづゑ』第三十六
明治41年4月18日

■眞先に出ましたのはテー、エーと申もの、時は朝の五時大急ぎで研究所へ出掛けたら、奥の方に脊の高い洋服着た人が居るので、テツキリ大下先生と思ひ込んで謹んでおジギをした、すると、皆んなが笑ふのでよく見たら何のこつた同窓のエー、エム君だつた■エー、エム君は隨分澤山出品がある、大磯でエス、エム君の帽子を冠つて探させたり、チヨッカイを出して濱猫に手を咬まれたり、曰くつきの洋服を他人に見せるのを厭がつて、マントを脱ぐと直ぐ宿屋の貸浴衣を羽折たり、千疊敷では山から飛下りて御得意の腰抜かしをしたり、數へ立てたら際限がない■大船で上等辨當を買つて、散々荷厄介にしてはゐたが、それでも食ふ時を樂しみに我慢して持つて來たのに、イザとなつたら情なや飯は冷たく硬くマヅク、二十五錢捨てたやうなものだとコボしてゐた先生は誰?、寫眞を見るとワカるとさ■馬入の鐵橋の下で汽車に小便をカケられたといふてゐた人もある■いざ寫眞といふ時雨がヤケに降つて來た、風がベラボーと寒い、皆々震へ上つて其不景氣なザマといふたらない、『シツカリ爲給へ寫眞に寒い顔が寫つたら罰金だ、モツト暖かい顔を爲給へ、』『先生、暖かい顔とはドンなに爲たらよいでせう?■橋の傍の茶屋で辨當を遣つたが、早くから汽車の中で濟ました連中はさも羨ましそうだつた■隱居さんは手がカジカンでナイフを出す事も出來ない■宿屋でマントが紛失したといふて蒼くなつて尋ね廻つてゐたら、下で女中が疊んで仕舞つて置てくれたのだときいてホツト息をしたのはテー、エー君■お菜が足りなくて飯を食つたやうな心持はしないと苦情をいふから、何杯喰つたかときいたら、タツタ六杯だとさ■是ではお菜も足るまいよ■朝は勘定してゐたら九杯喰べたよ、■玉子燒に醤油をウンとかけて泳ぐやうにして大切に食べたが、それでも不足で隣りの香の物を巻上げたのはスサマジイ■モー止める積りだつたに、御給仕がまだ居たから氣の毒に思つて改めて一杯餘分に食べたと、言譯つきのもある■食事中一度運動に起たのは此方だつたね■電燈のホヤを掃除するのは面倒だらうといふ質問も無邪氣だが、呼吸で吹消して見せるとリキンでゐるのは驚いた者だ■アンマサンの時の隱し藝で一番振つたのはエス老人の隱し壜、當年七十二歳、夜中小用に起きる事正に十四度、不得止壜の用意をして來た、大切のものなれば今朝から腰につけて肌身を離さず持つてゐたと、座敷の眞中へ出された時は一同アツといふて二の句が次げなかつた■アカちやんにナオちやん湯に入つて二三時間も出て來ない、その筈さ一週間分の垢を落すのだといふので東京から石鹸迄用意して來たのだもの■突然クリムソンレーキの月が出たといふて叫ぶものがある、ナアニエメラルドグリインだといふのがある、大磯の月だとてそんなに種々には見えまいに■嬉しいのだか面白いのだか夜中の三時前から起きて饒舌り散されたのには閉口した■菓子を買ふ時帽子を持つて廻つて集めたが、五厘しか出さなくて饅頭をウンと食ったと白状してゐる人もある■五十錢出す振をして一寸見せて其實二錢だけ投込んだといふ横着者もある■ヱヌ、エム君にいま二發喰つて來たと朝ぱらから祝砲を見舞はれた人もある■祝砲はエヌ、エム君の御得意の隱し藝といふことも此時露現した■宿屋の女中がイラク引張つても雨戸が明かない、ヨシキタ己れが手傳てやると勇ましく出て來たゼツト君、引くべき戸をウンウンいふて押してゐた、コレではドンナ大力でも明きつこはない■三人分の寢所を二人で占頒して、夜具を三枚かけて寢たものは俺ればかりたろうと威張つてゐた人もゐた■ノーノー僕も三枚かけて寢ましたよ■海岸から犬がついて來て二階へ迄も上るといふ騒ぎ、その犬が居ないといふて椽側へ出て大聲でイヌイヌと呼んで居た人が居た狗を呼ぶのにイヌイヌは可笑しい、モシモシも變だ、名を知らなくとも斑とか赤とか何とか呼びやうがありそうなものだ■鎌倉行の一行が藤澤で汽車から下りて江の島行の電車へ乘つた、緩々と座席を取つてゐたら跡から盛んに乘つて來る、忽ち滿員だが電車は中々出ない、氣の短かい人はベルを引いて催促して居る、隨分待たせるがそれでも早く來たために腰かけて居られる丈け仕合せだと、車の出ない不平はあつたが此方て慰めてゐた、スルトやがて電車が一臺着いて、客が下りると車掌が前の車へお乘換を願ひますといふ、形勢一變遲く來て少ししか待たなくて車中に起つてゐた人が座席に着いて、早くから待ちに待つてよい座席を占めて喜んでゐた吾々が立往生、それもワルクすると滿員でお次へ願ますを食ふ處、アヽ世は塞翁の馬なる哉■あとできいたらサツキの車は待合所だとさ■江の島の榮螺の小さくなつてそして不味になつたことモーコリコリ■三條さんの御邸での合作には弱りましたよ■東京へ歸る迄に屹度何か失策かありますよなんて噂をしたものだから、三條邸を出ると間もなく寫生箱の蓋が明いて、眞暗闇の中へ一切の道具を抛出して仕舞つた■それは誰?■ソレ一番元氣て一番お酒に醉つた人さ■あまり急いだからさ、そんな事言はずに手傳つて拾つて呉れたまへ■早くしないと汽車の時間に間に合ないよ■急いた急いた■車室乘合一人もなし正に買切と申次第で誰れに遠慮もないから耐らない、唱歌、詩吟、謡曲、歌ふものは何でもござれ、舞踏も始まる、ハーモニカも始まる、知つてゐる丈けを不殘お浚したのはゼツト通人にエム先生■手を叩いて大に景氣をつけたのは一行全體■此汽車は大船で乘換ときいてゐたので急いで飛下りてブリツチにかけつけたが、車内から下りる人が少しもない、變だわいと車掌にきいたら、直行だといふ、ヤー大變と先へ往つた人を呼び集め、再ひ元の車室へ逆戻りの體、お早く願ひますと驛夫の聲が烈しい、これが最後の失策で夫からは居眠りながら無事に新橋へ着いた、めでたしめでたし

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