秋の花野
丸山晩霞マルヤマバンカ(1867-1942) 作者一覧へ
晩霞
『みづゑ』第五十四 P.6
明治42年9月3日
單調なる夏の緑も、★★が殘暑の森を騒がせ、機織蟲が夕涼みの籬に來て鳴く頃になると、初秋の色は打水したる庭の面に散る桐一葉に現はれ、樂しかりし暑中休暇の日は殘り少なくなるのぐあります。秋風に涼味を送りて、朝な朝な芋の葉に置く露も冷たく、その頃の郊外は、千草の花吹きて、黄、赤、白、紫の麗はしさは眼もくるめくばかりであります。種々なる草には種々特殊の花さきて、古來品題にのぼれるものは、桔梗苅萱、女郎花、萩、河原撫子、藤袴等、秋の七草として人々に賞讃されて居ります。
何れの郊外にも千草の花は見られますが、殊に美を叫ぶは、長く裾を曳きたる高原であります。淺間や富士の裾野は、殆んど花もてうづめられて居ります、野の草花の盛時は、野の活動の極まる時であるから、花は皆開き、昆蟲は飛び、草の葉かげに鳴く蟲は、畫より夜を通じて鳴くので、野の聲の高きもこの頃であります。秋の草花は瀟洒にして、譬へば業なりし人の如く、春の草花は無邪氣なる少女の如くであります。(最新水彩畫法『花の描法』の一節)