水彩肖像畫法[五]

夢鴎生
『みづゑ』第五十九
明治43年2月3日

 肉色を着彩するパレツトは次の如く拇指に近い方に最明色を置いて漸次明色、暗色、最暗色と揃へるのだ
 1、インチアンエルロー2、ヴエネチヤンレツド3、ヴエルミリオン4、ピンクマダー5、ブラウンマダー6、インヂアンレツド7、コバルトブルユー8、セピヤ
 こゝに數種を擧げたれど、肉の良き色を観察しで、此等以外の赤や、黄や青を用ひるのは勿論の事である。大抵畫家は自分の都合よきバレツト上の彩料の配置を定めて居る、又或人はエルローオークル、インヂゴ、ライトレツド、ピンクマダー等の低い調子の彩料を用ひ、他の人は又派手な彩料を用ひるといふ風に異なるのである。
 彩料は、其色其儘に用ひることもあるし、二三を調殺して新色を用ひることもあるのだ、即ら肉の色にはインヂアンエルローとヴエネチヤンレツドを合せ、石竹色にはヴエルミリオンとピンクマダーとを合せ、唇とか鼻孔とかにはピンクマダーとブラウンマダーとを合せ影にはインヂアンレツドとブリユー、緑色には青と黄とを合せて用ひる様にするのである。
 第一回の着彩
 彩色の方法を三回に區分する、第一回には輪廓を描き地塗をする、第二回に充分に彩色する、第三回には仕上けをする。
 先づ中年の人の頭を彩どる方法を述べるとしやう。注意して頭と體とを素描し終へたならパン塊か印度ゴムで輕く其線を消し行きて、彩料を塗つても彩料を汚さぬ程度に薄く殘して置く。それから何處へも適當なる色をつけて筆で確かとして輪廓を描き、充分に力を入れて能ふだけ清らかに仕事する、一例を擧ぐればセピヤで眼球を彩る虹彩をばコバルトで塗る、鼠色か青色の虹彩であるならコバルトにセピヤを加へて弱める、黒い眼ならばヴアンダイクブラウンを用ひるのだ。睫毛はセピヤで描く眉毛も同様にする。鼻の輪廊が影になつて居るならブラウンマダーで印をつける、耳も亦同様に、鼻の孔はブラウンマダーとピンクマダ遍を合せたもので彩どる、口中の深い影も亦其色でする、其の次きには最大切な、特徴を示さればならぬ、顔の蔭の部を描くのである。これは端的満分に彩らねばまつい、其の色はインヂアンレッドをばコバルトを加へて、弱めたるものである、この調色の時に石盤色にならぬ様注意が肝要。このインヂアンレツドとコバルトの合色は影の色としての美しく清らかな色を生ずるものである、猶、大事な蔭影が眼の凹み鼻の下部及下方、頬の下、耳の後と下方等にある、此等の蔭影は一部はウオツシをし一部は線描をせねばならない。それからコバルトで下唇の下へ影を入れる。
 唇はヴエルミリオンかピンクマダーで塗る、此色は點描をしたが艮い、光つて居る所は染め残すか又は後になつて取り去るかするのだ。
 次ぎに眼を残した顔の全部をばヴェネチヤンレッドの海色でウオツシをする。これが乾く間にセピヤで頭髪の重もな襞や縮れを印しつける、それも暗い所や、一番眼につく形の所からし始めて、髪全部が充分のタツチとなる迄に蓮ぶのである。次ぎには白リシネンをばコバルトとセピヤ色にて描く、其他の物も夫れぞれの適當の色で描く、其の時も前に言つた通の確かなる調子とタツチとで始めるのである。
 此迄の手段で、確かな、色のある輪廓が出來て重もな蔭影もはいつてある、此迄の手段が不確であるなら、いくら蔭影や彩色を施しても畫を仕上げることは不能である。顔に塗つたヴエネチヤンレツドももう乾き上がつたから、同じ色をば薄く又は多くつけて顔全體に線描する、それは額から始まつて自然の示す通りに丸味を持たせるのだ。かく一度終つたらば、又更に一回前の方向と交はる様に線描をする。されど直角になる様に交はらせるのではない。是迄の事で肉を描くには最初のヴエネチヤンレッドのウオツシの外は何時でも線描をするのである、ウオツシはしないのだ。男子の肖像などではヴエネチヤンレツドを塗つた後で顔の下部をばインヂアンレツドの薄いのでハツチを要することがある。

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