寫生地案内

大下藤次郎オオシタトウジロウ(1870-1911) 作者一覧へ

三脚子
『みづゑ』第七十四
明治44年4月3日

 四月は櫻がある、桃がある、若草も畫きたい、春霞も寫したい、何處へ往つても畫が出來る。
 桃は、水彩で寫すのに、櫻ほど六つかしくない。桃の名所は、遠くは三保、沼津、押付、近くでは川崎、越ヶ谷、古河、市川、二股尾等がある。其内で自由に寫生が出來て、花の感じも春の感じもよいのは、越ヶ谷附近だ。
 越ヶ谷で汽車から下りたら、どの方面へ出でも面白いが、古利根川の川沿ひに、上へなり下へなり往つたら、よい場處が澤山轉がつてゐる。何も桃を主題にしなくてもよい。遠景に入れてもよい。柳を畫いて、桃を二三本あしらつてもよい。
 此地方で景に入るものは、森、菜の花、樫の林、桃、川沿の濕地にある綠りの草等で、ゆるゆる流れる水、四ッ手綱、水禽等も畫中のものだ。
 宿は越ヶ谷の町つゞき、大澤に、大松屋といふのがある。古い家で、割合に堅いからよい。宿泊料は高くはない。名物には鹽せんべいがある。
 

日本水彩畫會飯山支部會員

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