水彩繪具の談
石川欽一郎イシカワキンイチロウ（1871-1945） 作者一覧へ
石川欽一郎
『みづゑ』第八十四
明治45年2月3日
近頃は諸種の水彩繪具が外國から輸入されるやうになつた、之に水彩畫が倍々盛んになる徴と見てもよからう、是等の繪具に就て初學者の參考として左に少しく感想を述べやう。
佛國ブルジョア製
是は前々から輸入されて居た繪具である、學生用として價も安く發色も、價の安い割合には良い、元來佛蘭西製の繪具は發色は能く冴へて居るが練り方は少し粗いやうである、次に談すルフラン製などを見ても分かるのであるが、併し稽古描きに使ふ繪具としては澤山であらう、注意することは、ガンポージ。プロシヤンブリュー。レーキ。グリーン等の中にて一度着けば容易に洗ひ落されぬ色があるから、是等は最初から其用心を以て使ふことゝ、色の耐久力に多少怪しい點もあることであるが、初學の中は畫をかくよりも繪具を損する方が多いのであるから、之でも差支へあるまい。チューブ入の方が乾製や器物入のものよりも良さそうである、殊に大管入りの方が良い。
英國ローネー製
之は此頃輸入の分は前の口よりも少しよいやうである、價もブルジョァ製と略ぼ同じであるが、發色は佛國製程冴へず少し暗い、其代はり練り方は佛國製よりも細かいやうである、之も初學者の無駄使ひ（少々失禮な文句ではあるが）には充分である、之も色によりては洗つても取れぬのがある、例へばクリムソンレーキや黄色の或種の如きものである、又た此コバルトブリューなどは色が濁つて居るやうである、併し何と云つても値段が値段であるから仕方がなからう。
先づブルジョァと同一程度の處で、向ふに良い色もある代はりに此方に良い色もある、つまり兩方の分の良い色を撰んで使ふのがよかろう。
英國リーヴス製と云ふので、安くて良いのがあるが、日本に輸入されて居るかどうかは分からぬ。
右は何れもチューブ入である。
佛國ルフラン製
之は學生用と云ふよりは寧ろ畫家用であろう、從つて價も稍や高いが、チューブが大きくなるから割合から云へば安い、夫故少し描けるやうになつた研究家は此糟具を使ふがよかろう、特色は極めて色が冴へて居ることである、併し練り方は先づ粗いと云つてもよかろう、其中でもクロームグリーンなどは隨分粗い方である、此繪具のカドミュムイヱロー。アリザリンヴァミリオン。ガーネットマダー。ブリューヴァデターの類の鮮麗なることは派手過ぎる位であるが決して惡るいことはない、併し洗つても一寸落ちにくい氣味があるのと少し胡粉ジミたやうに畫がなるのとが缺點と云へば缺點であるが、そう理想通りに計りは行かないから、此繪具などは先づ我慢頃の理想的のものであろう。
英國ローネー美術家用製
之も良い繪具である、價はルフランと略ぼ同一でチューブは少し小さい、發色はルフラン程にほ冴へないが練り方は細かい、矢張洗つても中々落ちぬ色がある、カルマインレーキなどゝ來たら一度着いた示最後雷が鳴つても離れない、ルフランのやうに胡粉ヂミては居らぬ代はりに色のキヽはルフラン程よくない、先づ双方とも甲乙なしの色であらうが管の大きいのと色のキヽの能い方から云へばルフランの方が得かも知れないが、之も双方良い色を撰んで併用したらばよかろう。
英國ニュートン製
ニュートン製と云へば頭から上等品だと人が決めて居るが其實近頃に目に見へて品が落ちて來た、練り方が粗くなつて量が減つて居る、量が減つたと云ふのはチューブや入器が前よりも小さくなつて居ることである、砂糖が高くなつて菓子の大さが小さくなつたと同額である、そんなことをぜずに、量は前と同一にして置いて價を少しにても上げた方が正直でよくはないかと思ふ、それは兎も角として、バーントシエナ。プロシヤンブリュー。ヴィリヂヤンなど粗くなつたことが能く分かる、コバルトブリューなども次に談すニューマン製から見れば粗いことが知れやう、ライトレッドなどニュートン製のをパレツトへ出して暫く置くと上へ皮が出來て之を筆で溶けば粉が出る、ニューマン製のはそんなことはない、併し何と云つてもニュートンであるから、洗つても落ちない色などに先づ無いやうである、SLの符號の付いて居る分は即ちスペシヤル、リストの色で之は互に如何う交ぜ合はせても變化も變色もせぬことを保證して居るのであるが本當だろうと思ふ、價は少し高いがそれ丈のことはある、練り方も他の品から見れば細かく發色も派手に失せず穩やかな良い色である。
チューブ入、陶器入、乾製など種々ある、郊外寫生にはチューブ入が最も便利である。
ニュートン製學生用と云ふのがある、私は之はまだ使つては見ないが矢張學生用であろうと思はれる。
英國ニューマン製
私が使つて見た經驗では此繪具が一番良いやうである、發色も派手でなく穩やかに艷がある、練り方は最も細かい、少しも胡粉氣が無いから之で描いた畫は透明で且つ高尚に見へる、洗つても克く取れる、但し中には少し工合の惡るい色もないでは無い、それは例へばレモンイヱローペールの如きは稍や粗く且つ永く經つとチューブが腐蝕してくる、コバルトブリュースカイの如きは餘り難有くない發色である、其代はリカドミュムイヱロー。ブラオンマダー。フレンチブリユー。コバルトの類はニュートンよりも餘程良い、殊にブラオンピンクの如き、ニュートンのものはまるで水飴のやうで閉口するがニューマンの方は腰が強く色も落付いて居て誠に良い。
それで品評の結果は天位がニューマン、地位がニュートン、人位にはルフランとローネー美術家用と何れが來るかと云ふ處であるが、量が多いのと發色が鮮麗と云ふ點からルフランの方を取ろうと思ふ、それで秀逸がローネー美術用、ブルジヨァとローネー普通製とは二重丸位やつて置こう。
