パレツト評判記(三)
北山清太郎キタヤマセイタロウ(1888-1945)
エス、キタヤマ
『みづゑ』第八十四 P.7
明治45年2月3日
水野以文氏のパレツト 僕か初めて水彩畫に志した時ーーそれは四十年の秋頃でゞもあつたらうか神田の文房堂から購めた。その時は何でも八十錢?だつたやうに覺えてゐる、穢ひが!まー見て呉れ給へ。と放り出されたのは、可成奇麗さうなニッ折パレツトであつた。外側の隅の方には以文山人と白い、判で捺したやうな文字が書かれてゐて、中々手入の届いて居さうな樣子に見受けられたが、開いて見て少なからず驚いた、それはあまり類のない穢さであつて、加之に指穴の蓋が斷れて居た。十八仕切に區劃されてゐる繪具入れの中で使つてゐさうな色は、たつた九色しかない、それはバーミリオン。ローズマダー。力ーマイン。コバルトグリーン。コバルト。オルトラマリン。カドミウムヱローライト。カドミウムヱロー。オレオリンこれだけだ。念の爲に、まだ外に便ひませんかと聞いて見たら『近頃はロースマダーとコバルトにカドミウムエロー位ひしか使つたことがない』には聊か驚かされた。其他の空いた場所は昔々使つたか正體の知られぬ色で陣取られてゐて繪具の混然として、流れ合つた具合は澁いとでも言ふか、素的に○○ものだつた。ヱナメルの剥れて處々に大きな地金を見せて、小さな龜裂は一面に網の樣で見事なものだ。『繪具も、固くクッ付いて了へば洗つても落ちやしないし、結句よい事にして洗はないが、あまり差支へないね』と平然たるには、更に一驚せざるを得なかった。・・・・・・・次は誰の番?