寄書 朝のスケツチ
中島重治
『みづゑ』第九十
大正元年8月3日
朝寢坊の私!珍らしく今月は早く日が覺めたので、之れ幸と三脚片手に寫生にと飛び出した。兼て耶山兄から、朝には好いと聞いてゐた洲崎の濱に出た、敎はつた通り哀れに殘骸を横ヘてゐる破船の上に三脚を据ヘた、船には油繪具が諸所に附いてゐた、多分耶山兄が寫生後捨てられたのだらう、何んとなく懷かしかつた。
遠く沖まで突出てゐる沙洲と左方の堤防との間を淸龍川が白く流れてゐる、朝靄に包まれた磯連山から遠く霧島山が夢のやう微かに縹渺として、そして空のやう模糊とした海の上を二三の帆船が斜に朝風を孕らんで徐かに走つて行く。私は直に筆を取つて描き始めた、太陽は遠山の上に追々と高く昇つて行く。やがて畫はやうやく出來た、私は描いた畫と此の美しい景とを凝視し暫し恍惚としてゐた。
思ひ出したやうに沖から舟歌の聲が微かに聞へ出した